真空パックを殺菌するには、90度で30分というのが基本。
それをちゃんと行わなかった。
熱ムラの起きない加熱処理の仕方を教えた後、以降はクレームもなく、売れ行きも上々。残りのレンコンを廃棄せずに済んでよかったと、拝まんばかりに感謝された。
食品添加物はまさに「魔法の粉」。
食品を長持ちさせ、色形を美しく仕上げ、品質を向上させ、味をよくする。
そして、コストを下げる。
すべて食品添加物を使えば簡単なこと。
面倒な工程・技術など不要で、実に簡単に一定の品質のものができてしまう。
それが食品添加物の光の部分です。
しかし「光」があれば、必ず「影」がある。
食品添加物は、人体への害悪・毒性であったり、それ以上に恐ろしい問題として、添加物が食卓を崩壊させるといったこともある。
私は、当時すでに1500種類以上の添加物の危険性や使用基準も、試験でもあれば満点を取れるほど、詳細に答えることができた。
しかし、添加物は世の中に必要不可欠なものであり、メーカーや職人の悩みを解決する自分は「救世主」であるとさえ思っていた。
食品産業の発展に貢献しているという自負さえ持っていたくらいです。
そんなある日。
私にとって人生のターニングポイントともなるべく、あの事件が起こった。
その日は、長女の3回目の誕生日。
食卓には妻が用意したご馳走が、所狭しと並んでいる。
その中にミートボールの皿があった。
かわいらしいミッキーマウスの楊枝が刺さったそれを、何気なく口に放り込んだ瞬間、私は凍りついた。
それはほかならぬ、私が開発したミートボールだったのです。
私は純品の添加物ならほぼすべて、食品に混じりこんでいるものでも100種類ほどの添加物を、舌で見分けることがる。
そのミートボールは、たしかに私が投入した「化学調味料」「結着剤」「乳化剤」の味がした。
「このミートボール、安いし、娘が好きだからよく買うのよ。これを出すと子供たち、取り合いになるのよ。」
見れば娘も息子たちも、実においしそうにそのミートボールをほおばっている。
「ちょ、ちょ、ちょっと、待て待て!」
私は慌ててミートボールの皿を両手で覆った。
そのミートボールは、スーパーの特売用商品として、あるメーカーから依頼されて開発したものだったのです。
発端はそのメーカーが、「端肉」を安く大量に仕入れてきたこと。
端肉というのは、牛の骨から削り取る、肉ともいえない部分。
現在ではペットフードに利用されているものだ。
この「端肉」で何か作れないか、と、某メーカーから私に相談が来たのです。
元の状態では形はドロドロ。
水っぽく味もなく、とても食べられる代物ではない。
これを食べられるものにするには、どうすればいいか?
まず、廃鶏のミンチ肉を加え、ソフト感を出すために「組織状大豆たんぱく」を加える。これは「人造肉」ともいって、今でも安いハンバーグなどには必ず使われている。しかし、このままでは味がないので「ビーフエキス」「化学調味料」などを大量に使用して、味付け。
歯ざわりを滑らかにするために「ラード」や「加工でんぷん」も投入。
さらに「決着剤」「乳化剤」も入れる。
機械で大量生産しますから、作業性をよくするためだ。
これに色をよくするために「着色料」、保存性を上げるために「保存料」「pH調整剤」、色あせを防ぐために「酸化防止剤」も使用。
これでミートボール本体が完成。
これにソースとケチャップをからませれば出来上がりだが・・・
市販のものを使うと、採算が合ない。
コストを抑えるために添加物を駆使して「それらしいもの」をつくる。
まず氷酢酸を薄め、カラメルで黒くし、化学調味料を加えて「ソースもどき」を作る。
ケチャップのほうは、トマトペーストに「着色料」で色をつけ、「酸味料」を加え、「増粘多糖類」でとろみをつけ、「ケチャップもどき」をつくる。
このソースをミートボールにからめて、真空パックにつめ、加熱殺菌すれば「商品」の完成。
添加物は、種類にして20~30種類使っている。
もはや「添加物のかたまり」といっていいぐらい。
本来なら産業廃棄物となるべきクズ肉を、添加物を大量に投入して「食品」に仕立て上げた。
それがこのミートボールだったのです。
この私の開発したミートボールは、売値が1パックたったの100円弱。
そこまで安い値段設定ができた理由は、原価が20円か30円だったから。
それは、発売を開始するやいなや、たちまち大ヒット商品。
もう笑いが止まらないほど売れ行きがよく・・・
そのメーカーにはこの商品だけでビルが建ったといわれたほど。
ヒットの理由は子供と主婦に受けたこと。
それは、開発当時からの狙いでした。
使った肉はまずくて食べられたものではないけれども・・・
添加物を駆使して、子供の大好きな味を作り出した。
柔らかさも子供が2口、3口噛んだら飲み込めるようなソフトなものにした。
真空パックでチンすれば食べられる便利さも主婦に受けた。
売り方にもコツがあり・・・
スーパーで試食販売をするときは、子供に人気のキャラクターの楊枝をさし、しゃがんで子供の目線と同じ高さにして勧めること。
お母さんに必ず「(お子さんに上げて)いいですか?」と確認をとることも指示した。
子供は大喜びでミートボールをほおばり「おいしい」という。
子供が「おいしい」といえば、親は8割方買ってくれる。
「そうだろう。この味は俺にしか出せない。」
「ほかのメーカーじゃあちょっと真似できない味だからな。」
嬉しそうにミートボールを買っていく親子の後姿を見送りながら、私は得意満面だった。
「パパ、何でそのミートボール、食べちゃいけないの?」
ミートボールの製造経緯について思いをはせていた私は、子供たちの無邪気な声にハッとわれに返えった。
「とにかくこれは食べちゃダメ、食べたらいかん!」
皿を取り上げ、説明にもならない説明をしながら、胸がつぶれる思いだった。
ドロドロのクズ肉に添加物をじゃぶじゃぶ投入して作ったミートボール。
それを、わが子が大喜びで食べていたという現実。
「ポリ燐酸ナトリウム」
「グリセリン脂肪酸エステル」
「リン酸カルシウム」
「赤色3号」
「赤色102号」
「ソルビン酸」
「カラメル色素」
etc・・・・・・。
このミートボールは、それまでの私にとっては誇りでした。
本来なら使い道がなく廃棄されるようなものが食品として生き返るのだから、環境にも優しいし、1円でも安いものを求める主婦にとっては救いの紙だとさえ思っていた。
私が使った添加物は、国が認可したものばかりだから、食品産業の発展にも役立っているという自負もあった。
しかし、今はっきりわかったのは・・・
このミートボールは自分の子供たちには食べてほしくないものだったということだ。
そうだ、自分も、自分の家族も消費者だったのだ。
いままで私は「作る側」「売る側」の認識しかなかったけれども、自分は「買う側」の人間でもあるのだ。
いまさらながら・・・そう気づいた。
その夜、私は一睡もできなかった。