樹ガーデンで有名なのが
このコーヒーゼリー。
日本とは、とても思えない
素晴らしい景色の中
こんなランチを妻としていると
昔の事を思い出すものですね。(^^;)
昨日のブログの続きです。
会って3回目で
なぜ、私が年上の妻に結婚を申し込んだか?
決め手になったのは・・・
こんな思考でした。
彼氏が居る女性です。
しかも、同棲しています。
それをたった2回会った年下の男性に
突然、口説かれたわけです。
しかも「すぐに別れてこい」と言われた。
実際、別れても
この年下の有象無象かもしれない男が
その言葉に責任を負うかも解らないわけです。
なのに・・・
「分かった」と一言だけ頷いて
次に合う時までに
全てを清算してきたのです。
全てを清算してきたのです。
普通の女性の場合・・・
「別れたいから手伝ってほしい」
と、なると思います。
どんなに気丈な女性でも
「別れて来たから、一緒に住まわせて!」
と、我が家に転がり込んで来ようと
するパターンでしょう。
それを・・・
妻は、一人で話し合い
しかも、その男性と話が付かないとみるや
自分から同棲していた家を出て行って
遠く離れた浅草の場所に
自分一人で不動産屋をめぐり
賃貸契約をして
自分一人で不動産屋をめぐり
賃貸契約をして
部屋を借り一気に引っ越して
解決してしまったんです。(^^;)
その気苦労や労力たるや
物凄いものだったと想像できます。
物凄いものだったと想像できます。
それなのに・・・
3回目に私と会った時
たった一言、笑顔で
「別れて来た」
ですよ。
これ、惚れなくてどうするって話です。(笑)
しかも私が彼女から聞いたのは
今の今まで
今の今まで
「話が付かないから、私が部屋借りて出て行った」
の一言だけ。
それ以降、この別れのくだりを
妻の口から聞いたことは
一回もありません。
普通、「自分がどれほど苦労したか」を
知ってほしい生き物でしょ、女性って?
どれだけ男気が強いのかと(^^;)
そこからは、早くて・・・
1月に結婚式の日取り決めて
3月に山形のご両親に挨拶。
6月のジューンブライド。
11月に知り合って
12月にプロポーズして
12月にプロポーズして
だから、実質
ほとんど付き合っていない訳です。
ほとんど付き合っていない訳です。
なんで唐突にこのブログで
こんな話をしたかというと
こんな話をしたかというと
妻の実家の山形での話に繋がります。
妻の両親に「娘さんを下さい」と
挨拶をしに行った時
お義父さんからは
「ずいぶん年食ってるけど・・・、良いの?」
と言われたのを、覚えてます。(苦笑)
ご挨拶をしたあと、お義父さんに
山形県天童市の街を案内してもらったんです。
その時、天童市のことの細かいところまで
説明してくれるお義父さんに
「凄い知識ですね。」
と、私がポロッと言ったんです。
すると、父、顔色をかえて
「自分の町を知ることは、ビジネスマンとして基本中の基本だ」
と、お叱りを受けたんです。
お父さんは、元銀行マンで
3年に1回の転勤で、様々な町に務めたそうです。
そこで、一番最初にするのは
その街を調べ、良く知る事。
観光スポットから
名産品や特産品。
ランチが美味しいお店や
ディナーが美味しいお店
商店街から夜の街もそう。
それを知らなくて
その街でビジネスは出来ないだろ?
「君も不動産屋だから、俺の言ってること解るよな!」
「君も鎌倉の事は、何でも知ってるだろ?」
「こんど鎌倉に行ったときは、よろしくな!」
そう、笑顔で言われたのです。
「あっ、は、はい!」と言いながら
瞬時に私の顔から血の気が引いたのは
言うまでもありません。
それから12年経ちます。
そして、いまだに、この体たらく。
知らない店に訪れるたびに
あの気色ばんだお父さんの顔を思いだすのです。
鎌倉、まだまだ知らない事だらけ。
山形のお父さん、私、ダメビジネスマンですね。(TT)
申し訳ありません。
とにもかくにも
樹ガーデンは、素晴らしい所でした。
おススメです。
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